天使のつぶやき NO9009

竜音の巻 第01帖(909)〜第019帖(927) 


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第01帖(909)

この巻

「竜音の巻」、

つづく巻五は

「極(きわみ)の巻」、

巻六は

「至恩の巻」、

巻七は

「五葉の巻」ぞ。

この五十黙示(いせもくじ)の七巻は神、 人共に与へたもの、

一巻からつづいたものぞ。

同じ意をもつものが天国にもあるのであるぞ。

合せて三十巻、

これで岩戸までの神示の終りぞ、

前に出した「黄金の巻」からの七巻(日月地聖典下編)は 人民に与へたものであるぞ。 

言(こと)やめて 草の片葉も 陽にのび行かな。 

八十(やそ)隈手 行きにし神は 今かへります。 

素盞鳴の 命しらせる 海原ぞやよ。 

天ヶ下 おつるくまなく 照らす大神。

高低(たかひき)の 伊百理(いほり)かきわけ  きこし召すらむ。 

罪と言ふ 罪はあらじな 神の子なれば。

ひふみ百千万(ももちよろず)と  咲(ゑ)ます 元つ太神。

八十伴男(やそとものを) 百(もも)足り足りて  仕へまつらむ。 

行く水に 清めて仕ふ 極みの宮殿(みあらか)。

言霊の 栄ゆる御歌に はらひてましを。

みそぎして 祝ふ生命(いのち)ぞ 弥栄ましませ。

安国の 瑞穂(みづほ)の国と 御(しら)し給ひぬ。

八重雲の 十重雲千別き 千別き天降(あも)りぬ。 

千木高知り 美頭(みづ)の御殿(みあらか)  咲(え)み仕へなむ。 

許々太久(ここたく)の 罪はあらじな 大岩戸あく。 

四方の国 咲(え)み集うらし 真中の国に。

よきあしき 皆はらひませ 科戸(しなど)の風に。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

この巻は「竜音の巻」です。

続く、 巻五は「極(きわみ)の巻」です。

巻六は「至恩の巻」です。

巻七は「五葉の巻」です。

この五十黙示(いせもくじ)の七巻は「神と人」共に与えたものです。

一巻から続いたものです。

同じ意図を持つ物が天国にもあります。

合せて三十巻です。

これで岩戸までの神示の終りになります。

前に出した「黄金の巻」からの七巻(日月地聖典下編)は人民に与えた物で す。

言(こと)やめて、草の片葉も陽にのび行かな。

八十(やそ)隈手、行きにし神は今かへります。

「素盞鳴の命」知らせる海原ぞやよ。

天ヶ下落ちるまなく照らす大神。

高低(たかひき)の伊百理(いほり)かきわけきこし召すらむ。 罪と言う、罪はあらじな神の子なれば。

元つ太神、ひふみ百千万(ももちよろず)と咲(ゑ)ます。

八十伴男(やそとものを)百(もも)足り足りて仕へまつらむ。

行く水に清めて仕う極みの宮殿(み・らか)。

言霊の栄ゆる御歌に祓いて待ちしを。

禊ぎして祝う生命(いのち)ぞ弥栄ましませ。

安国の瑞穂(みづほ)の国と御(しら)し給ひぬ。

八重雲の十重雲千別き千別き天降(あも)りぬ。

千木高知り美頭(みづ)の御殿(みあらか)咲(え)み仕へなむ。

許々太久(ここたく)の罪はあらじな大岩戸あく。

四方の国咲(え)み集うらし真中の国に。

善し悪しを皆祓いませ科戸(しなど)の風に。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(一巡目)

ここの唄はまったくわかりません。

太陽の解読をお願いしたいと思います。

金太郎の解釈

五十黙示録は神・人民へ与えたものであり同じ意味のものが天国にもあるとの 事です。

「黄金の巻」から「冬の巻」までの7巻は人民に与えたものだから、これを良く 読んでおきなさいと言う事でしょうか?

唄の意味を自分なりに解釈していきます

言(こと)やめて 草の片葉も 陽にのび行かな。

(言葉を語るのを止めて、草の葉のように太陽の光に向かって伸びて行きなさ い)

八十(やそ)隈手 行きにし神は 今かへります。

(奥まった所へ行っていた神は、今本来の場所へ帰ろうとしています)

素盞鳴の 命しらせる 海原ぞやよ。

(スサノオの命の存在を知らせる地上空間)

天ヶ下 おつるくまなく 照らす大神。

(天ヶ下をくまなく照らす大神)

高低(たかひき)の 伊百理(いほり)かきわけ きこし召すらむ。

(高低のいほり(死者を風葬するための建物)を掻き分けて、様子をお聞きす る)

罪と言ふ 罪はあらじな 神の子なれば。

(罪と言う罪はありませんよ 神の子でしたら)

ひふみ百千万(ももちよろず)と 咲(ゑ)ます 元つ太神。 (元神は ひふみ百千万と 咲(ゑ)ます)

八十伴男(やそとものを) 百(もも)足り足りて 仕へまつらむ。

(八十伴男、百にも十分満ち足りて、お仕え奉ります)

行く水に 清めて仕ふ 極みの宮殿(みあらか)。

(流れ行く水に清め仕ふ、極みともいえる宮殿)

言霊の 栄ゆる御歌に はらひてましを。

(言霊の栄える御歌の はらいてましを)

みそぎして 祝ふ生命(いのち)ぞ 弥栄ましませ。

(御霊の禊ぎをして祝う生命よ、弥栄ましませ)

安国の 瑞穂(みづほ)の国と 御(しら)し給ひぬ。

(安らかな国、日本と 知らして下さい)

八重雲の 十重雲千別き 千別き天降(あも)りぬ。

(八重雲の 十重雲を千別き 千別き天降りぬ)

千木高知り 美頭(みづ)の御殿(みあらか) 咲(え)み仕へなむ。

(千木高きを知り、美頭の御殿に咲(え)み仕えなむ)

許々太久(ここたく)の 罪はあらじな 大岩戸あく。

(許々太久の罪はあらじな 大岩戸があきます)

四方の国 咲(え)み集うらし 真中の国に。

(世界の真ん中の国(日本?)へ四方の国より咲(え)み集まります)

よきあしき 皆はらひませ 科戸(しなど)の風に。

(良き事も悪い事も皆祓って下さい、科戸(しなど)の風に)


八十(やそ)隈手

紀伊半島の文化地域を黄泉の国であったと指摘し、「日南・南部」の地名は「忌 部」から出たものではないか、から始まり、『古事記』にある大国主神の国譲 りにまつわる「僕は百足らず八十隈手(奥まったすみの所。物かげの暗い 所。)に隠りて侍ひなむ」の物語を中心として、黄泉の国としての「出雲根の カタス国」と「木の国」のつながり、また黄泉の国の神「月読命」「イザナ ギ・イザナミ」などの木の国訪地のことなど種々の例証があげられている。

それらは、とり残された紀伊半島を、日本史の中で位置づけるための考証では なかったろうかと思われる。

しかし、この紀伊半島が日本の歴史の中において果たして来た役割は、黄泉の 国と仮定するよりももっと深い意味を持っている。

神話時代における逸話によれば、天上を追われたスサノオノミコトが、出雲 平定後、子イソタケルと伴にこの地を訪れて、天上の木の種を植え、それより この地を「木の国」と呼ぶようになったと言う。

大国主命は、八十兄神達の迫害に耐えかねてこの木の国へ逃れて来た。

伊百理(いほり)

http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/98-1.html

「先祖供養と墓」 五来 重 角川選書228

「日本書紀」によると、イザナミノミコトが亡くなった時に、イザナギノミコ トがモガリのところに入っていったら、死体は「ハレタタエ」ていた。

死んだ 人は腐敗していって腫れ太りますが、そういう死体には「八色雷公(やくさのい かずち)」といって、災いのもとになるような恐ろしいものがあります。

あるい は「古事記」によると、「蛆たかれとろろぎて」と書かれています。「日本書 紀」の一書には、「膿沸き虫(うじ)流(たか)りて」と死体の腐敗していくあり さまが書かれています。

死体は同時に災いをまき散らしているのだ、それは「泉津醜女(よもつしこ め) 」という鬼のようなものが宿っているのだということで、訪ねていったイ ザナギは追いかけられるわけです。

モガリのところから逃げ出して、「衝立船 戸神( つきたちふなどのかみ)」といって杖を立てて、ここから泉津醜女や八色 雷公、死者が出てこないようにします。

衝立船戸神{岐神(ふなどのかみ)}は一種の道祖神というか、塞神(さえのかみ) ですが、墓の場合は六地蔵になって墓場から死者の霊が出てこないため、呪術 的な防衛をする仏になります。

そこに衝立船戸神がいるから、死者の霊が現世 を侵さないのだということが「古事記」に書かれています。

同書によれば、大国主神が国譲りして、「八十クマデに隠りましき」とありま すが、「クマデ」というのは、のち「青柴垣」と書かれるように、柴を沢山立 てた中に死体が入っていたということです。今でも土葬の周りにたくさん柴を 立てる風習が紀伊半島、とくに高野山周辺の村村によく残っていて、高野山な どの墓は青く茂っています。

死者をクマデの中に置くことを、ここでは大国主 神はその中に隠れたというふうに書かれています。

大国主神の子の事代主神(「エビスさん」といわれる島根県美保関町の美保神社 の祭神)は、青柴垣を海の中に立ててその中に隠れたと書かれていますから、水 葬の場合にも、こういうものを立てたということが想定されます。

「万葉集」によれば、讃岐の狭岑島というところの海岸に死者があり、海岸に 「いほり」していると書かれています。「いほり」というのは、建物を建てて その中に死んだ人がいたということです。

それを柿本人麻呂が見て、 荒磯面に いほりてみれば 波の音の繁き浜辺を しきたえの 枕になして 荒床に 自伏す君が と詠んでいます。

荒床とは、死体を風葬する場合に筵とか薦を敷いたことで、 「餓鬼草紙」にも見え、今ではそういうものを極楽茣蓙(ござ)といっていま す。

風葬は最近まで沖縄にだけは残っており、たいへん有名でした。

風葬墓は、明 治以後に南西諸島で全てなくなっています。そして、最後まで風葬を行ってい た久高島も風葬をやめてしまいました。それから全部、風葬墓から普通の埋葬 墓になってしまいました。

それでも棺は地下に埋めないで亀甲墓の様なものの中に入れることになってい ますが、そういうときには茣蓙を敷きます。本土でも鳥辺野の風葬に茣蓙を敷 いて死体を捨てています。「いほり」を造って、その中に「荒床」を敷いて、 そこに伏していたということがありますから、狭岑島の歌などから見ても、海 岸の風葬はあったということが推定できます。

八十伴男(やそとものを)
人名か神名

ちぎ 【千木/知木/鎮木】

神社本殿の屋根で、両妻の破風板が屋根の上に突き出て交差した装飾材。本来 は垂木(たるき)の端が棟より長く突き出たもの。のちには破風から離されて棟 の上に置かれるようになった。

氷木(ひぎ)。


金太郎さんのメール

金太郎です

私の解釈の前に、以前julaさんが解釈して下さった文章をいれてますのでこれ も参考にして下さい


竜音の巻 第02帖(910)

八束穂(やつかほ)の 十束穂(とつかほ)とこそ 実らせ給へ。

みかのはら  みて並べてぞ 天地(アメツチ)の座に。

御服(みそ)輝(かが)し 明妙照妙和 妙(あかてるにぎ) 風のまにまに。

巫(かむなぎ)の 大御心のまま 弥栄へ む。

千木千木し 瑞の御舎(みあらか) 仕へまつらむ。

御宝前(おんまえ)に 宇豆の幣帛(みてくら) たたへまつ栄。

大神の 咲(えみ)に弥栄ゆ生国足国(いくくにたるくに)。

狭(さ)き国は 広く峻(さか)しき 国は平に。

 日のみかげ 百島千島 おつるくまなく。

青雲の たなびく極み 座(し)きます宝座(みくら)。

甘菜辛菜(あまなからな) 地の極みまで 生ひて尚生ゆ。

見はるかす 四方の国みな えらぎ賑はふ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

八束の稲穂(やつかほ)を十束の稲穂(とつかほ)になるように実らせてくだ さい。

実りましたら、みかの原の天地(アメツチ)の座に並べます。

御服(みそ)輝(かが)し明妙照妙和妙(あかてるにぎ)風のまにまに。

巫(かむなぎ)の大御心のまま永久に繁栄します。

社の千木を高く設けて、瑞の御舎(みあらか)に仕え祀ります。

御宝前(おんまえ)に宇豆の幣帛(みてくら)を称え祀ります。

生国足国(いくくにたるくに)は大神の咲(えみ)に永久に繁栄しています。

狭(さ)き国は広く峻(さか)しき国は平になっています。

日の御影が百島千島にくまなく落ちています。

大神の座(し)きます宝座(みくら)は青雲のたなびく極みです。

甘菜辛菜(あまなからな)で地の極みまで生て尚生てます。

見わたせる四方の国は全て喜び賑はています。


解説と補足説明

太陽さんの解釈 :(一巡目)

豊作のお願いと感謝の祝詞です。

特に、我々が必要としている情報はありません。

ロックさんの解釈 :(一巡目)

難解すぎてわかりません。

太陽に解読をお願いしたいと思います。

julaさんの解釈(NO4290)

八部まで育った穂をナルトオの穂とまで実らせてください。

みてくら(宝-神人となれる存在)を天、地の座で働けるように並べてくださ い。

服と言っていますが、可輝く服の如く、その存在自体が光り輝き風に揺らぐ様 子を言っているのかもしれませんね。

それ以降は良くわかりません。

金太郎の解釈

八束穂(やつかほ)の 十束穂(とつかほ)とこそ 実らせ給へ。

(八束の幅の穂を十束(束は長さの単位で、拳1つ分の幅)まで増やせるよう実 らせて下さい)

みかのはら みて並べてぞ 天地(アメツチ)の座に。

(実ったら、みかのはら(甕の原)の天地の座に並べます)

御服(みそ)輝(かが)し 明妙照妙和妙(あかてるにぎ) 風のまにまに。

(御服は輝き、御幣についている明妙照妙和妙が風にそよいでいます)

巫(かむなぎ)の 大御心のまま 弥栄へむ。

(巫女さんの大御心のまま弥栄えます)

千木千木し 瑞の御舎(みあらか) 仕へまつらむ。

(千木千木し、日本の御舎仕え奉ります)

御宝前(おんまえ)に 宇豆の幣帛(みてくら) たたへまつ栄。

(御宝前に、天に通じる神に真釣る人をたたえまつり栄える)

大神の 咲(えみ)に弥栄ゆ 生国足国(いくくにたるくに)。

(大神の咲に弥栄ゆ、生命力に溢れる国心が満ち足りる国)

狭(さ)き国は 広く峻(さか)しき 国は平に。

(狭き国は広く峻(さか)しき 国は平等に)

日のみかげ 百島千島 おつるくまなく。

(日の御影、百島千島にくまなく落ちていきます)

青雲の たなびく極み 座(し)きます宝座(みくら)。

(青雲のたなびく極み、宝座を座きます)

甘菜辛菜(あまなからな) 地の極みまで 生ひて尚生ゆ。

(甘菜辛菜と色とりどりの野菜を地の極みまで生ひて尚生ゆ)

見はるかす 四方の国みな えらぎ賑はふ。

(見晴るかす、周りの四方の国は皆えらい賑わいです)


みかのはら

京都府・加茂町瓶原は、「みかのはら」と呼ばれ、その昔は「甕の原・三香の 原・三日の原」と、漢字が当てられておったのじゃ。

「みかのはら(甕の原)」は、聖武天皇が遷都して恭仁京(くにのみやこ)おいた 場所である。

明妙照妙和妙(あかてるにぎ)

桜楓社「祝詞」から、道餐祭祝詞を引用しますと、 「高天の原に事始めて、皇御孫の命と称へ辞竟へ奉る、大八衢にゆつ磐村の如 く塞がり坐す皇神等の前に申さく、八衢比古・八衢比売・久那斗と御名をば申 して辞竟へ奉らくは、根の国・底の国より麁び疎び来らむ物に、相ひ率ひ相ひ 口会ふる事無くて、下より行かば下を守り、上より往かば上を守り、夜の守 り・日の守りに守り奉り、斎ひ奉れと、進る幣帛は、明妙・照妙・和妙・荒妙 に備へ奉り、御酒は・ミカ辺高知り、ミカの腹満て雙べて、汁にも穎にも、山 野に住む物は、毛の和物・毛の荒物、青海の原に住む物は鰭の廣物・鰭の狭 物、奥津海菜・辺津海菜に至るまでに横山の如く置き足らはして、進るうづの 幣帛を、平けく聞こし食して、八衢にゆつ磐村の如く塞がり坐して、皇御孫命 を堅磐に常磐に斎ひ奉り、茂し御世に幸へ奉り給へと申す。

又、親王等・王等・臣等・百の官の人等、天の下の公民に至るまでに、平けく 斎ひ給へと、神官、天つ祝詞の太祝詞事を以ちて、称へ辞竟へ奉らくと申 す。」

つまり、道餐祭とは、久那斗神・八衢比古神・八衢比女神に御供えをして、

「どうぞ、悪いものが入ってこないように守ってください」

とお願いするお祭りのようですね。

御幣(ごへい)とは、神道の祭祀で用いられる幣帛の一種で、2本の紙垂を竹ま たは木の幣串に挟んだものである。幣束(へいそく)、幣(ぬさ)ともいう。

通常、紙垂は白い紙で作るが、御幣にとりつける紙垂は白だけでなく五色の紙 や、金箔・銀箔が用いられることもある。

かつて、神に布帛を奉る時には木に挟んで備えていたが、それが変化したのが 今日の御幣である。その由来から、元々は神に捧げるものであったが、後に、 社殿の中に立てて神の依代あるいは神体として、あるいは祓串のように参拝者 に対する祓具として用いるようになった

巫(かむなぎ)

「かんなぎ」と言う場合は、特に日本の巫を指す。現在、神職の一般呼称であ る「神主(かんぬし)」とは、本来、文字通り神掛かる役目を持つ職のことで あった。日本においては古来より巫の多くは女性であり、巫女(みこ、ふじ ょ)という呼称で呼ばれることが一般的である。ただし現代において巫女とい う場合、単に神道における神職を補佐する女性の職の人々を指す言葉として使 われることが多い。また、地方によっては「イタコ」という名称の職もある。

宇豆の幣帛(みてくら)

http://groups.msn.com/vs4uor3riujpqiacnkp5rugjv5/
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4675557199435723986

宇豆は珍(うづ)であり、大変珍しい貴重な、という意味である。

幣帛(みて くら)とは神に奉る物の総称のこと、または祓の料とするものであるが、幣帛 とは本来御手座(みてくら)のことであり、私が見る所、これは拍手(かしわ で)であると思われる。

つまり左手と右手が合わさるその音が、御手(みて) の座(くら)であるということである。が、もう一つ踏み込んだ解釈をする と、火垂り(ひだり)と水極り(みぎり)の調和、

即ち霊と体が完璧に調和さ れた姿を意味しているものと思われる。

つまりここで言う幣帛とは、霊体一致 させ、 神に真釣る人そのものを指している。それは身が天に通じることによっ て「宇豆の幣帛」と成れるということである。

なる【生る】

(1)生まれ出る。この世に現れる。

(2)(植物の)実ができる。結 実する。

たる【足る】

(1)十分である。一定の数量に達する。

(2)(心が)満ち足りる。 安心する。

(3)価値がある。値する。 (小学館 全訳古語例解辞典)


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈もあわせてお読みください


竜音の巻 第03帖(911)

世界中が霊かかりとなると申してあるのは今のことであるぞ、

かかりてゐる世界自 身わからなくなっているぞ、

サニワせねばならん、

サニワの方法書き知らすぞ。

世界 を、日本を、自分をサニワせねばならん。

目に見へぬ所からの通信は高度のものほど 肉体的には感応が弱くなり、

暗示的となるものであるぞ、

ドタンバタン、大声でどな り散らすのは下の下。

神もフトマニに従わねばならん。

順を乱すわけには参らん、

高度の霊が直ちに肉体人に感応することはなく、

それぞれの段階を経て感応するのであることを忘れてはならんぞ、

下級霊は現実界と紙一重の所に住んでゐるのであるから、

その感応は極めて強く、

如何にも尤(もっと)もらしく人民の目にうつるもので あるぞ、

高度のものは、その人民のミタマの如何(いかん)によって、それと同一波 調の神霊に伝達され、

その神霊の感応によって表現されるのであるぞ。

特別の使命を もつ天使は、最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な通信をなし、指示すること もあるぞ。

また天使の霊が母体に宿り人民として生れてくる事もあるぞ、

末世にはこの種の降誕人が沢山あるぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

世界中が霊懸かりとなると説明してあるのは今のことです。

霊懸かりをしている世界自身が判らなくなっています。

その対策として、サニワしなければなりません。

ので、サニワの方法を書き知らせます。

世界を、日本を、自分をサニワせねばなりません。

目に見えない所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなります。

暗示的となります。

ドタンバタンと大声でどなり散らすのは下の下です。

神もフトマニに従わねばなりません。

順番を乱すことはできません。

高度の霊が直ちに肉体人に感応することはありません。

それぞれの段階を経て感応するのです。

このことは重要ですから忘れてはなりません。

下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいますから、その感応は極めて強く、如 何にも尤(もっと)もらしく人民の目に映ります。

高度のものはその人民の身魂の如何(いかん)によって、それと同一波調の神 霊に伝達され、その神霊の感応によって表現されます。

特別の使命をもつ天使は最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な通信をし ますし、指示をすることもあります。

また、天使の霊が母体に宿り、人民として生れてくる事もあります。

末世にはこの種の降誕人が沢山います。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

竜音の巻の03帖から以降は主にサニワに関連した内容です。様々なケースがあ り、サニワをベースに「信じる」ということの危険さを説いているようにも感 じられます。

そうした中でも、高度の霊が感応するまでの過程などにも触れて いますので、参考にはなるのかも知れません。

高度の霊が感応できる状態になるためには、その過程で臣民が望む望まないに 関わらず、より高度な騙す霊にも接触する可能性がありますので、肩に力を入 れる必要はないでしょうが、きちんと分析できるようになるのは悪いことでは ないような気はします。

人間の行う行動にも霊が干渉するようですので、この 辺りは、掲示板などでサイトの内容などに対してドタンバタンとされる方はあ る面で参考になるかもしれません(^^)

フトマニとは法則やルールのような ものでしょうか。

●特別の使命をもつ天使は、最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な通信 をなし、指示することもあるのです。

また天使の霊が母体に宿り人民として生 れてくる事もあるのです。

末世にはこの種の降誕人が沢山存在するのです。

このことなども、最終局面まで検証することで理解するにいたる部分があるか と思います。

現在生まれてくる子供などはこの種の降誕人は多いのかも知れま せんね(^^)

ある意味一番のチャレンジャーなのかも知れません。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

世界中が(神がかりではなく)霊懸かりと説明しているのは今の事です。

霊懸かりをしている世界自身が判らなくなっています。

その対策として、ミロクの語る事を理解しなくてはなりません。

ですので、ミロクの仕組みを知る方法を書き知らせます。

世界を、日本を、自分をミロクと心通わせなければいけません。

目に見えない所からの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなります。

暗示的となります。(直感、ひらめき、夢など)

ドタンバタンと大声でどなり散らすのは下の下です。(儀式でお告げを聞くな ど下の下)

神もフトマニに従わねばなりません。(ミロクでさえも大元の太神の仕組みに 従わなければなりません)

順番を乱す事は出来ません。

高度の霊が直ちに肉体人に感応することはありません。(大天使が直ちに人間 にお告げをする事は有りません)

それぞれの段階を経て感応するのです。(改心の進み具合に応じて心の奥から 感応するのです)

このことは重要ですから忘れてはなりません。

下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいますから、その感応は極めて強く、如 何にも尤(もっと)もらしく人民の目に映ります。(だまされないでくださ い)

高度のものはその人民の身魂の如何(いかん)によって、それと同一波調の神 霊に伝達され、その神霊の感応によって表現されます。

また、天使の霊が母体に宿り、人民として生れてくる事もあります。

末世にはこの種の降誕人が沢山います。

世界中にさまざまな宗教が氾濫しています。

宗教は神サタンが人間世界に争いを植えつける為に仕組んだ罠です。

世界中の宗教が、教祖がこの教えは真実で正しいと主張しています。

もう、何が何だか・・・ミロクの仕組みから遠ざかり、多種多様な価値観が我 が道をかっ歩し、何が真実なのか判らなくなっています。

新しい世界を迎えるためにはミロクの仕組みを理解しなくてはなりません。

ミロクをミロクと理解し、語る事を理解できなければなりません。


さにわ ―には 【さ庭】

(1)神おろしをして、神のお告げを聞く場所。斎場。 「―に居て、神の命を請ひき/古事記(中訓)」

(2)神のお告げを承る人。霊媒者。

「中臣烏賊津使主を喚(め)して―とす/日本書紀(神功訓)」

(3)神楽(かぐら)で、和琴(わごん)を弾く人。

とまに0 【太▽占】

古代の占いの一種。鹿の肩甲骨を焼き、骨のひび割れの形によって吉凶を判断 する。

「天つ神の命(みこと)以ちて、―に卜相(うらな)ひて/古事記(上)」

julaさんの解釈(no4290)

通常はそして今までは霊かかりは感応しやすい下級霊でしかなかった。

高度のものは、その人民のミタマの如何(いかん)によって、それと同一波調 の神霊に伝達され、その神霊の感応によって暗示的に表現される。

しかし特別の使命をもつ天使は、最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な 通信をなし、指示することもある。

また天使の霊が母体に宿り人民として生れてくる事もあり、末世にはこの種の 降誕人が沢山あるぞ。

金太郎の解釈

今、世界中が霊かかりとなると申していますが、懸かっている世界自身がわか らなくなっています。

サニワしなくてはなりません。

サニワの方法書き知らしますよ。

サニワについては以前julaさんとトッチさんが説明しておられた下の文章及び 資料を参考にして下さい。


(トッチさんの説明)

「 サニワって古来から有るもので、降ろされた神託が神からの物か、ヨコシマ な者からなのかを見極める事ですよね。

ですから、自分に対しても当てはまるのですよね。

感じたものや理解したと 思える事が、正か否かを見極められる身魂である事が大切であったり。

そうであれば、霊懸かりや取り違いなどに惑わされる危険も軽くなるのか と。

そんな風に思っていましたが、こんな感じでいいんですよねぇ。」

(julaさんの説明)

「サニワはやはりそう言う事のようですよね。 そんでもって霊覚 神懸かった状態、もしくは何かが何かを伝えようとしている状態、何かを感じ た、何か理解できたなど、それが自分にであっても、他者にであってもその 時、それが、どのような霊であるのか?が認知?識別?見極め出来るそんな感 じじゃないかな〜と思います。」

世界も日本も、もちろん自分もサニワしなければなりません。

次元の高い霊界からの通信は高度になればなるほど暗示的なものになり、イン スピレーション?何か見えないものが囁いた?系になるそうです(^^;)

ラップ音や賑やかに来られる方は下の下のレベルの方ですよ。

神様もフトマニには従わないといけません。

規律はありませんけど、絶対的なものはありますので順を乱すわけにはいきま せんね!

水の流れのように高いところから徐々に流れていくようになっていますので、 遠距離通話中の「電話が遠いよぉ」みたいな事でも止むを得ませんね。

下級霊は我々現実界とそんなにかわらない位置にいますから、やはり電話のよ うにはっきりと聞こえるでしょうし、はっきり写るが故にもっともらしく見え るのでしょう。

天使や高度な霊からの通信は受ける人の身魂の波長とかにより、その人と同じ 波長の神霊に伝達され、その反応により表現されるとあります。

中には特命を受けた天使もいて最下級の霊界までわざわざ降りて来てすぐ理解 できるように特別な通信をなし指示をされることもあるそうです。

また、天使も転生してくる場合もあります。

現在の世は使命を受けた天使が沢山生れて来て、いつかその使命をまっとうす る時をまっているのでしょう!


サニワとは?

審神者(さにわ)について

http://www.freeml.com/servlet/redir?rd=http%
3A%2F%2Fkosintou.hp.infosee k.co.jp%
2Fnew_page_32.htm

“さには”という言葉をご存知でしょうか。

審神者と書き、神を審(つまび)らかにする者の意で、いわゆる霊媒に下りた 神を審判する役割です。

神と云っても、本当の神は人には下りません。

生長の家の故谷口雅晴氏も「神は霊媒には懸からぬ」と云ってるように、神は 懸かるものではないというのが審神者の第1原則です。

ですから、神が人に懸かって体を動かしたり(霊動)、喋らせたり(霊言)、 書かせたり(自動書記)、その他の物理現象を現すことはありません。

大体、神霊と人間とでは波動に天と地ほどの開きがあり、その人が余程浄化、 向上しなければ容易に同調するものではない。

したとしても、直感か、純粋にエネルギーとして感応するもので、肉体を操っ て動かしたり、喋らせたりはしません。

そういうことをするのは、それだけ肉体次元に近い、波動の粗い霊 (人霊、動 物霊など)であって、“神霊”ではありません。

只、神の命を受けた眷属霊が、その神の名を語ってくることはあります。

が、それも余程の場合であって、通常はありません。ですから、有名な神名を 語ってきた時はまず嘘であると思ってかまいません。

審神者の第2原則“名乗る神は本物ではない”です。

大体、神は人の小間使いではない。 呼べば必ず来て、願いを聞いてくれるなどと云うのは人間側の勝手な思い込み です。

聖書にも、彼らは無意味に私の名を唱えている、とあるように、自分勝手な願 いは神には通じません。 むしろ、そういう人の粗い念波と同調する低級霊を呼び込みますので、一時は 願いがかなっても、その反動が必ずあります。

しかも、その反動の方が大きい場合が多いのです。 ですから、神に願いをする時は、それが社会道徳にかなうか否か、それがかな えられることで損をする人がいないか、更に最も大切なことですが、自分がそ の願いをするだけの器かどうか、これらのことを充分吟味する必要がありま す。

以上のことがクリアーできれば少なくとも低級霊とは、通じません。 聞き届けられるか否かは神の判断です。 自分からみて公正な願いであっても、神がよしとしなければかないません。 そういう場合はかなわない方が本人にとってよいのです。 人は今のことしか分りませんが、神は未来迄見ています。 ですから、正しき願いをした後は、結果を気にせず、神を信じて待っていれば よい。

もしなかったら必ず礼を云いましょう。かなわなかったら、それはそれでよ し。 それが惟神(かんながら)というものです。 審神者とは人に対してのみするものではない。その前に自らをしなければなり ません。 自らを省みてやましい所がない場合のみ、人を審神者することが許されます。 自省心のない者には審神者はできぬと云うことです。特に宗教に関わっている 人にこそ、そういう意識が必要でしょう。


金太郎さんのメール

金太郎です。

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい


竜音の巻 第04帖(912)

(霊)界と申しても神界と幽界に大別され、

又神界は天国と霊国に分けられ、

天国には天人、

霊国には天使が住み、

幽界は陽界と陰界に分れ、

陽霊人、陰霊人とが居 る、

陽霊人とは人民の中の悪人の如く、

陰霊人とは善人の如き性をもってゐるぞ。

高 い段階から申せば善も悪も、神界も幽界もないのであるが、

人民の頭で判るように申 してゐるのであるぞ。

幽界は本来は無いものであるが、人民の地獄的想念が生み出したものであるぞ。

使用された特殊文字  


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊界は神界と幽界に大別さます。

神界は天国と霊国に分けられます。

天国には天人が住んでいます。

霊国には天使が住んでいます。

幽界は陽界と陰界に分れます。

陽界には陽霊人が住んでいます。

陰界には陰霊人が住んでいます。

陽霊人は地上人の人民の中の悪人のような性質をもっています。

陰霊人は地上人の人民の中の善人のような性質をもっています。

高い段階から申せば善も悪も、神界も幽界もないのです。

しかし、地上人の人民の頭で判るように説明しているのです。

幽界は本来は無いのです。

地上人の人民の地獄的な想念が生み出したものなのです。


解説と補足説明

太陽さんの解釈 :(一巡目)

説明していることは下記のようです。

  
霊界━┳━神界━┳━天国━天人
     ┃     ┗━霊国━天使
     ┗━幽界━┳━陽界━陽霊人━悪人の性質
            ┗━陰界━陰霊人━善人の性質

霊格の高い存在が見下げて見る−−−>幽界は無い

幽界は有る<−−−地上人が見上げて見る

幽界は本来は無くて、地上人の地獄的な想念の産物

幽界での陽は地上界では悪に、陰は地上界では善に、反転して見えるところが 面白いところです。

(−*−=+、−*+=−ということでしょう)

また、天人と天使と分離されていますが、帖によっては天人天使と繋いで用い ているところがあります。

これは見る立場によって(記載内容によって)、霊格の高い存在には区別がな くて「天人天使」になり、地上人にとては「天人」と「天使」なるようです。

この帖が重要なところは他の帖でこれらの語彙が幾つも使われていますが、そ こでの説明はありませんので、霊界の基本知識として承知していなければ成ら ないということだと思います。

ロックさんの解釈 :(二巡目)

この現実界に反映されている状況の内容として太陽さんの解説はわかりやす いものですね。

私は出来る範囲の考察を出来たらと思います。

●幽界は本来は無いものですが、人民の地獄的想念が生み出したものなので す。

この辺りの状況は、宗教での地獄に関する教えなどが反映されているのでは と思います。

岩戸閉めの一つの成果でしょうか。

それらも高い段階からの存在 に言わせると、どっちもどっちか、似たような世界となるのかも知れませんね。

●陽霊人とは人民の中の悪人の如く、陰霊人とは善人の如き性を持っていま す。

この辺りは、悪人と現実界で呼ばれる存在の世渡りの上手さや、善人と呼ば れる存在の世渡りの下手さはある意味で反映しているのかも。

悪人は、現実界 で悪いことしていても、さわやかなイメージ戦略でやりくり出来ちゃうのは霊 的に陽霊だから?

実際には存在しない幽界が絡むから、来るべき時には存在は 無くなるのは決定的?

そういう意味では悪の御用というのははまり役?!

julaさんの解釈

幽界に天と地。

太陽と月。

右と左。

火と水とわかれた世界があるのでしょうか?

金太郎の解釈

太陽さんの説明はとてもわかりやすいので細かな説明は省略させて頂きます

天人や天使にはアオウやエイの言葉があると地震の巻や星座の巻で書いてあり ましたが、幽界の方々にはどのような言葉があるのでしょう?

霊界というのは、その人に一番合った場所に行くようになってますので、他の 方から見れば地獄だと思っても、当の本人にはそこは天国だと思えば地獄では ない仕組みになってます

ですから、「幽界は本来は無いものであるが、人民の地獄的想念が生み出した ものであるぞ。」となります


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい


竜音の巻 第05帖(913)

幽界は人間界と最も深い関係にあり、

初期の霊かかりの殆どは この幽界からの感 応によることを忘れるでないぞ。

霊かかりの動作をよく見極めればすぐ判る。

高ぶったり、

威張ったり、

命令したり、

断言したり、

高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊であるぞ、

インチキ霊であるぞ、

インチキ霊にかかるなよ、

たとへ神の言葉 でも尚サニワせよと申してあろう。

迷信であってもそれを信ずる人が多くなれば、

信ずる想念によって実体化し、

有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから気付けて おくぞ。

無き筈(はず)のものを生み出し

それが又地上界に反影してくるのである から心して下されよ。

今の人民 九分九厘は幽界とのつながりをもつ、胸に手をあててよくよく自分をサニワせよ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊懸かりの殆どはこの幽界からの 感応によるのです。

この事は重要であるから忘れてはいけません。

霊懸かりの動作をよく見極めれば、直ぐに判ります。

高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったり するものは必ず下級霊です。

それはインチキ霊です。

人民はインチキ霊に懸から無いようにしなさい。

例え、神の言葉でも尚サニワして確認しなさい。

迷信であっても、それを信ずる人が多くなれば信ずる想念によって実体化し、 有力な幽界の一部を作り出します。

くれぐれも注意しておきます。

存在しないはずのものを生み出し、それが地上界に反影してくるのであるから 心して下さい。

今の人民は九分九厘は幽界との繋がりもっていますので、胸に手をあてて、よ くよく自分をサニワしなさい。


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第06帖(914)

霊的良識は、神示や神典類によって、又体験によって養はれ、

又高度な科学書も参 考となるものぞ、

科学を馬鹿にしてはならん。

幽界の霊であっても高度のものともな れば、

神界の高級神霊と区別することが六ヶ敷いぞ。

初歩のサニワの誤り易いところ であり、

又霊眼するものの誤り易いところ、

注意しなければならん、

例へば霊光の如 きものも強く大きくて中々にサニワ出来ないぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊的良識は神示や神典類によって、又、体験によって養われます。

又、高度な科学書も参考となります。

科学を馬鹿にしてはなりません。

幽界の霊であっても、高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別すること が難しいです。

初歩のサニワの誤り易いところであり、又、霊眼するものの誤り易いところで す。

ですから、注意しなければなりません。

例へば、霊の光の様なものも強く大きくて、中々にサニワが出来ません。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

区別は人間には基本的に難しいようです。

霊光というものは、ノストラダム スが見たような神の霊のような光体のようにも見えるようですね。

世の中では そういった騙しも存在するようで。

そうなると科学をバカにしてはなりません という前振りがありますので、彼等の話す科学的な知識についてよく観察して いれば見分ける事が出来るということかも知れませんね。

ウルトラマンの後ろ には超ウルトラマンがいるようで、人類は判ったと思う前に、謙虚になって学 ぶ姿勢でいた方が良いのだと思います。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

霊的良識は神示や神典類によって、又、体験によって養われます。

又、高度な科学書も参考となります。

科学を馬鹿にしてはなりません。

幽界の霊であっても、高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別すること が難しいです。

(非常に能力の高い悪魔が神の真似をして現れたら、人間が見破る事は難しい と聞いた事があります)

注意してください。

初歩の真理の追究のあやまりやすいところであり、又、霊眼するものの誤り易 いところです。

ですから、注意しなければなりません。

例えば、後光のようなオーラを強く出す人を見れば、すぐに神だ、救世主だと 騒ぐ事になります。

サタンに洗脳された高度な幽界の霊も、神サタンに憑依された月人でもこの位 の事は出来ます。

サタンの子分には凄い存在がいそうですね。

私では、もっと下の下の下級のサタンの子分(キツネ)が憑いても判らないか もしれません。

金太郎の解釈

霊的良識というのは神示・神典類を読んだり、又霊的な体験をすることにより 養われます。

また高度な科学書も参考になりますよ、科学を馬鹿にしてはいけません。

幽界にも竜とか天狗の類のような高度な霊だと神界の次元の高い霊と区別しに くくなります。

よく、

「あの宗教家には○○いう霊が降りているらしいけどホントは××いう 霊にだまされてんねんで」

というような話を読んだり聞いたりした方もおられ ると思いますが、そういうようなものでしょうね

第5帖で低次元の霊がサニワしたときの特徴を書き出しましたが、それ以上に難 しいところですね

霊能者でも誤りやすいところのようですから何も能力のない普通の方でしたら 尚更ですね!

霊光(オーラ)のようなものも強く大きくて中々サニワ出来ないようです


オーラ

生命体や物体が纏っている光。

生命が持つ生体エネルギー?が放出されているも のと言われる。

東洋で言う「気」?と同じとされる場合もある。

肉眼では特殊な能力を持った人しか目にすることができないが、オーラ写真?や キルリアン写真によって撮影できるとされる。

霊気。霊光。

人が纏うオーラはその人の性格や体調、精神状態を示すと言われる。

オーラには7色(あるいは8色)があり、それぞれ異なる性質を表すとのこと。


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第07帖(915)

仙人と申すものは如何に高度なものであっても、それは幽界に属す、

仙人界には戒 律があるからぞ、

神界には戒律なし、

戒律ある宗教は亡びる、

マコトの宗教には戒律 はないぞ。

しかし神界にも仙人的存在はあるぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

仙人と云うのは如何に高度なものであっても、それは幽界に属するものです。

その理由は仙人界に戒律があるからです。

神界に戒律はありません。

戒律のある宗教は亡びます。

真・誠の宗教に戒律はありません。

しかし、神界にも仙人的な存在はいます。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

一巡目では、戒律による恐怖政治を強いて月人の上に君臨しているサタンの ことなどが頭に巡って、戒律があるから仙人的と解したようです。

我々には接 触する機会はあるのでしょうか。

基本的には、不老不死の術を修め、神通力を 得た者とあります。

julaさんの解釈

我々の知っている仙人はおそらく中国が発祥ですよね。

すると儒教、王道などがべースとなっているのではないでしょうか?

となれば戒律、上下関係、力関係みたいなものはかなりあれこれうるさいのか も知れませんね。

金太郎の解釈

仙人界には戒律があるんですか?

へぇ〜・・

戒律があるのなら、幽界に属していても止むを得ませんね(^^;)

今の宗教は「何々してはならない」とか「毎日こういうことをしなさい」等あ りますね?

マコトの宗教にはそんな戒律はありません

戒律のない神界にも現在界より帰ってきた魂を導く役目を持った仙人のような 存在というのは

「小桜姫物語」

にもありましたので参照になさるのもいいかと 思います。


トッチさんのメール

トッチです。

金太郎さん、お疲れ様です。

戒律について書かれている部分を幾つか抜粋しました。

ミロクの世に成れば戒律は無くなるものと思いますが、という事は、戒律が無く ても世の中のシステムが不都合なく機能させられる器の出来た臣民となっていな ければならないという事になるかと思います。

神界にも命令系でものをいう存在がいるのでしょうか。

しかし、神界の方ですから、個性的特長程度のものなのかもしれませんね。


地獄的下級霊の現われには、多くの奇跡的なものをふくむ。

奇跡とは大いなる動 きに逆行する動きの現われであることを知らねばならない。

かかる奇跡によりて は、霊人も地上人も向上し得ない。

浄化し、改心し得ないものである。

また、霊 人と地上人との交流によるのみでは向上し得ない。

脅迫や、賞罰のみによっても 向上し得ない。

総て戒律的の何ものによっても、霊人も地上人も何等の向上も弥 栄も歓喜もあり得ない。

地震の巻 第13帖

天国の政治は、歓喜の政治である。

故に、戒律はない。

戒律の存在する処は、地 獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばならない。

天国の政治は、愛の政治である。

政治する政治ではない。

より内奥の、より浄化 されたる愛そのものからなされる。

故に、与える政治として現われる。

指令することは、戒律をつくることであり、戒律することが神の意志に反するこ とを、これらの統治者は、よく知っている。

地震の巻 第十九帖


戒律をつくってはならん、

戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうな れども、

戒律は下の下の世界、

今の人民には必要なれど、

いつまでも、そんな首 輪はいらんぞ、

戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。

扶桑の巻 第二帖


julaさんのメール

弥栄の中には・・・

善的なもの

悪的なもの

それが大いに進展するのであればなんでもありでしょう。

大元の神が生んだものは皆等しく弥栄ではないでしょうか。

赤ん坊の生まれ出てきた様子も弥栄

スポーツで素晴らしいパフォーマンスを見せるのも弥栄

その途中で挫折しながらも、また再生、再起する様子

そして、戦争で廃墟と化してしまう事ですら弥栄かもしれません

物質と霊質で早急な位相変換、バランス調整が必要?なんて時には 戦争のような形で補完されているかもしれません。

あれは、いけない、これはいけない

あれはだめ、これはだめ

ああでなければならない

こうすべき

そういう、良い悪いの判断で生んだり、成らせることを阻害したり、縛り付ける。 存在自身がその光であれ闇であれ発揮する事を外から無闇にに止めるように働きかける 事こそが、弥栄から外れている。 そんな感じじゃないかと思います。

ところで戒律。

何か堅苦しいものに聞こえます。

しかしそれぞれ分解すると、極ありきたりにあることではないでしょうか?

戒める

律する


いまし・める 4 【戒める/▼誡める/▽警める】

(動マ下一)[文]マ下二 いまし・む

(1)禁を犯したり、失敗したりすることのないように、前もって注意を与える。

「殺生を―・める」「浪費を―・める」

(2)同じ過失を繰り返さないように、過失を犯したことをしかる。とがめる。《戒》

「無断欠勤を―・める」

(3)警戒する。

「御心安き兵を以て非常を―・めらるべし/太平記 12」

(4)(「縛める」と書く)ひもなどでしばる。

「あらゆる制約に―・められてゐる人間/竹沢先生と云ふ人(善郎)」

(5)忌むべきこととして嫌う。

「人の―・むる五月は去ぬ/宇津保(藤原君)」

(6)罰する。こらしめる。

「この猫、我国の庭鳥を食ひ殺し候程に、さてこそ―・めて候へ/仮名草子・伊曾保物 語」


りっ・する 3 0 【律する】

(動サ変)[文]サ変 りつ・す (1)ある基準によって、物事を考えたり、処理したりする。

「一般論で―・する訳にはいかない」「自分自身をきびしく―・する」

(2)定める。規定する。

「行動を―・する」

・禁を犯したり、失敗したりすることのないように、前もって注意を与える。

・同じ過失を繰り返さないように、過失を犯したことをしかる。とがめる。《戒》

・罰する。こらしめる。

・定める。規定する。

「行動を―・する」

家庭でも学校でも地域社会でも会社でも極普通に一杯あると思います。

人間として生きていくには、人生おそらく短すぎるのだと思います。

もし寿命がもっとあるのであれば、慣習や常識に捕らわれる事無く、どんな事でも試す べきなのかもしれません。

しかし肉体的な現界、寿命的な限界。

そういう人間、自然環境の中で社会生活を過ごすにはどうしても戒律が必要になってし まうでしょう。

例えば、子供をしかったり何かを言いつけたりするとき。

よくよく振り返ってみると、自分が当然と思いこんでいる事を押し付けようとしている に過ぎない事があったりします。

子供は当惑するばかり。

でも、それって本当に当然なの?

住む場所や立場が違ったら?

また、

“●×だから”“どうせ”

と言って済ましてしまう。

すると、子供は理屈を返してくる。

自分こそが、受け入れがたい理屈をこねているから・・・。

そんな感じで例えば子供を戒め律しようとするのは、当然であるかのようにまかり通っ ているとおもいます。

ある意味、幽界のルールに乗っかっているからなのかもしれませんね。

しかし霊界や、神界では、戒める、律するが無いようです。

それでも上手くやっていけるのだとすると、やはり良い、悪いは一先ず置いておいて、 なんでも試してみる。

そうしていくことで、一つ一つ漏らさず何かを学び取っていく、 そんな事が弥栄に繋がるんじゃないかなと思います。

失敗がなければ、本当の成功はありえないでしょうし。

いきなりの成功はビギナーズラックが大半。

失敗こそ、色々学べる事が多いかと思います。


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第08帖 (067)

竜体をもつ霊は神界にも幽界にもあるぞ、

竜体であるからと申して神界に属 すると早がってんならん。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

竜体を持つ霊は神界にも幽界にもいます。

竜体であるからと云って神界にのみ属すると早合点してはいけません。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

黒竜であるサタンを筆頭に色んな竜がいるようです。

ミロクとサタンの戦い は竜同士の戦いともなるのでしょうか。

金太郎の解釈

ロックさんが黒龍について言っておられますので黒龍について調べました


黒龍

黒龍(こくりゅう)は、中国又は日本の神話や空想に登場する龍の一種。

名前通り全身の鱗が黒く、前足が2本しかない東洋の龍として描かれる事が多 い。

驪龍(りりょう)とも呼ばれ、これは顎の下に貴重な珠を持っているとも。

多くの龍は、神聖なる存在として描かれる事が多いが、黒龍の場合は災いをも たらす邪悪の化身として描かれる事が多く、白龍等の龍とは敵対関係にあった と言われている。

黒龍は、光を苦手としている為、普段は光が照らされる事すら無い深い海底で 孤独に棲みついており、光の無い新月の夜のみ、その姿を海底から現す。

この事からも、黒龍は海、又は闇を司る存在としても描かれている事が多く、 海に住む魚達を乱獲する者達には罰を与え、海底に引きずり込むと言われてい る。

一部の地域では、黒龍を他の龍同様に、神聖な存在として祭られてもいる。

この説明の中の

「海に住む魚達を乱獲する者達には罰を与え、海底に引きずり 込むと言われている。」

というのは、ノアの大洪水の時のサタンの言い訳に出 来そうですね(^^;)

近年、魚の捕獲限度量も段々と決められていますし、この辺もサタンの圧力が 掛かっているのでしょうか?


金太郎さんのメール

金太郎です


五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第九帖(68)

昭和三十六年八月三日、

旧六月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十四巻)(917)

霊界にすむものは多くの場合、 自分の住む霊界以外のことは知らない。

その霊界が総ての霊界であるかの如く思ふものであるぞ。

同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのであるなれど、

段階が異なってくると判らなくなるのであるぞ。

他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからである。

人民界のことをよく知ってゐる霊は、

人民界を去って間もない霊か、

地上世界に長く住んでゐた動物霊か、

人民に憑依してゐた霊であるぞ。

特別な使命をもつ天使は別として、

人霊以外の霊で人民に憑依するのは、

日本では天狗風(てき)、

神風(てき)、

仙人風(てき)、

狐風(てき)、

狸風(てき)、

猫風(てき)

などが大部分であるから気つけおくぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊界に住むものの多くの場合、自分の住む霊界以外のことは知りません。

その霊界が総ての霊界であるかの如く思っているのです。

同じ平面上につながる霊界のことは大体見当つくのです。

ですが、段階が異なってくると判らなくなるのです。

他の霊界は霊自身のもつ感覚の対象とならないからです。

人民界のことをよく知っている霊は次ぎのような霊達です。

人民界を去って間もない霊

地上世界に長く住んでいた動物霊

人民に憑依していた霊

特別な使命をもつ天使は別として、人霊以外の霊で人民に憑依するのは日本で は

天狗風(てき)、

神風(てき)、

仙人風(てき)、

狐風(てき)、

狸風(て き)、

猫風(てき)

などが大部分です。

ですから、注意しなさい。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

なかなか別に存在する世界を知ろうというのは難しい物ですね。

それを理解 するには、見る、観る、悟るのプロセスを経て理解していく事が必要なのかな と思います。

金太郎の解釈

霊界が想念によってそれぞれ違う世界がいくつもあるというのは地震の巻でし ましたね


(地震の巻 第2帖)

霊界は、想念の世界であるから、時間なく、空間なく、想念のままになるのである。

しかし、かくの如き死後の最初の状態は長くはつづかない。

何故ならば、想念の相違は、その住む世界を相違させ、その世界以外は想念の対象とならないからである。

而して、最初の状態は、生存時の想念、情動がそのままにつづいているから、外部的のもののみが強く打ち出される。

故に、外部の自分に、ふさわしい環境におかれるが、次の段階に入っていくと、外部的のものは漸次うすれて、内分の状態に入っていくのである。

内分と外分とは、互に相反するが、

霊人の本態は内分にあるのであるから、

この段階に入って始めて本来の自分にかえるのである。


(地震の巻 第6帖)

霊界に於ては、思念の相違するものは同一の場所には存在しない。

何故ならば、思念による思念の世界につながる故である。

現実的にみては折り重なって、この霊人たちが生活するとも、

全然その感覚外 におかれるために、

その対象とはならない。

霊人自らが住んでいる世界の外には出る必要もないのでしょうし、

平面上に並 んでいる他の世界はある程度自分たちと似た要素があるから判るのだと思いま すが、

次元や上下の世界になると検討がつかなくなるのでしょうね

現在界をよく知っている霊は、死んで間もない霊か、地上で長く生きていた動 物霊が憑依していた霊です

特別な使命を持っている天使も憑依するんですねぇ

天使が憑依したら、どんな感じになるんでしょう(?o?)

人霊以外で人に憑依するのは、日本では

天狗・神様もどき・仙人・狸に狐・猫

なんかが大部分ですので気をつけて下さい

天狗も悪い事をすると言われてますね

仙人は第7帖で出てきましたから説明は不要ですね

狸・狐・猫の動物霊は昔から化かすものとして有名ですから、これも説明はし ません


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第10帖 (069)

人間の肉体に他の霊が入って自由にしてゐるのだと、

多くの霊覚者やサニワ が信じてゐるなれど、

事実そう見へるなれど、

それは誤りであるぞ。

人間の肉 体は原則として真理の宿り給ふ神の生宮であるから、

下級霊は中々に入ること は出来ん。

例外はあるなれど、

肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、

時によ って動物的、幽界的となるものであるから、

それと同一波調の動物的霊が感応 する、

感応はするが肉体の内部迄は入り込めない、

しかし感応の度が強ければ 入ったと同様に見へる状態となるのである。

先祖霊も大体同様であるぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

人間の肉体に他の霊が入って自由にしているのだと、多くの霊覚者やサニワが 信じています。

事実その様にも見えますが、それは誤りです。

人間の肉体は原則として真理の宿り給う神の生宮ですから、下級霊は中々に入 ることが出来ません。

例外はあります。

肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は時によって動物的、幽界的となります。

ですから、それと同一波調の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部迄 は入り込めないのです。

しかし、感応の度が強ければ入ったと同様に見える状態となるのです。

先祖霊も大体が同様です。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

基本的には、取り憑かれるものは自分で同一波調の動物的霊にチューニング して合わせているようです。

しかし、肉体の内部までは基本的に入り込まない ようです。

金太郎の解釈

霊が肉体に取り付くものと私もそう思っていたのですが、違うんですね・・・

人の肉体はあくまで神様の生宮であるから、下級霊には原則では進入不可能だ そうです

霊体の想念というものは時により、動物的、幽界的になるのでそれと同一の波 長をもつ霊と感応してしまう

感応はするけど肉体には入れない、

だけど波長の感応の度合いが強ければ強い ほど肉体が操り人形みたいに見えるので、取り憑いていてるようにみえます

先祖の霊も大体が同様です

ご先祖様は自分の系列ですから、波動は合いやすいんでしょうね

julaさんの解釈

憑依は身魂のうちに、としてまでは入り込む事はできない。

(サタンクラスなどは例外。)

このためあたかも○の中のであるフリをする?といった感じでしょうか。


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第11帖 (070)

霊には物質は感覚の対象とはならない、

霊には、人間の肉体は無いのと同じ である。

祖先霊に化けて何かを企てる動物霊が多いから注意せよ。

動物霊が何 故祖先のことを知るかと申せば、

その憑依の対象となる人間の肉体霊の知って ゐることを、

直ちに知り得るからである。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊には物質は感覚の対象とはなりません。

霊には人間の肉体は無いのと同じです。

祖先霊に化けて、何かを企てる動物霊が多いから注意しなさい。

動物霊が何故祖先のことを知るかと云えば、その憑依の対象となる人間の肉体 霊の知っていることを、直ちに知り得るからです。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

思考を霊は読み取って悪戯をしてしまうのですからタチが悪いといえば悪い ですが、ミロクの世では当り前のことであるようなのでうまく立ち回れるよう になっておきたいものです。

金太郎の解釈

霊には物質なんて関係ありません

人間の肉体はないのと同じです

動物霊がご先祖様に化けてなにか悪い事をしようとする事がありますから注意 して下さい

霊は相手のことを即座にリサーチできる能力があるんですね!
(地震の巻を参照 して下さい)

動物霊でもそれは出来るんですね

♪目と目で通じ合う〜♪ なーんて感じだったりして(^^;)

julaさんの解釈

霊にとっては人間動物などの肉体感覚の知覚はあまり関係なくまた意識され ず、むしろそのものの魂、霊、更にその霊の関係、系統が知覚される。


トッチさんのメール

トッチです。

テレビで除霊を見ていると、やっている事はカウンセリングと変わらない事に気 がつきます。

自信を持たせる。

安心感を得させる。

たるんだ気持ちを引き締める。

自分で気が ついていない不安・悲しみ・罪悪感など深層意識下での抑圧を解放する。

などな ど。

体の中に入った霊を外に出す為の儀式をしているつもりが、実は

「低級霊に感応 されない自分に心を変える」

事が効果として顕れているに過ぎないのでしょうね。

神示的に見れば、厳密に言えば、違う意味での除霊と言う事になりますね。。。


金太郎さんのメール

金太郎です

トッチさん、お疲れ様です^^


自信を持たせる。

安心感を得させる。

たるんだ気持ちを引き締める。

自分で 気がついていない不安・悲しみ・罪悪感など深層意識下での抑圧を解放する。

などなど。

体の中に入った霊を外に出す為の儀式をしているつもりが、実は

「低級霊に 感応されない自分に心を変える」

事が効果として顕れているに過ぎないのでし ょうね。

霊が取り憑くことによって、自分自身の弱さ脆さとかが表に出てくるって事で しょうか?

自分自身の脆さがよく出る金太郎も誰か取り憑いてるのかなぁ・・・

う〜〜ん


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい


竜音の巻 第12帖(920)

動物霊が人間の言葉を使ふことは、フに落ちないと申すものが沢山あるなれど、よ く考へて見よ、

例へば他人の家に入って、其処にある道具類をそのまま使用するのと 同じ道理ぢゃ、

判りたか、

動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、

その人間の もつ言葉を或る程度使いこなせるのであるぞ、

故に日本人に感応すれば日本語、

米人 なれば英語を語るのであるぞ。

今の偉い人民がこの神示をよむと、理屈に合わん無茶 苦茶な文章であるから、

下級霊の所産だと断ずるなれど、

それは余りにも霊界の事を 知らぬ霊的白痴であることを、自分で白状してゐるのぞ、

気の毒ぢゃなあ、

ましてこ の神示は八通りに読めるのであるから、

いよいよ判らん事になるぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

動物霊が人間の言葉を使うことは腑に落ちないと云う方たちが沢山います。

ですが、よく考えて見なさい。

例えば、他人の家に入って、其処にある道具類をそのまま使用するのと同じ道 理です。

判りましたか。

動物霊でも他の霊でも人間に感応したならば、その人間のもつ言葉を或る程度 は使いこなせます。

故に、日本人に感応すれば日本語、米人に感応すれば英語を語るのです。

今の偉い人民がこの神示を読むと、理屈に合わん無茶苦茶な文章であるから、 下級霊の所産だと断じます。

なれど、それは余りにも霊界の事を知らない霊的に白痴であることを、自分で 白状していることと同じす。

大変に気の毒な方たちです。

まして、この神示は八通りに読めるのであるから、いよいよ判らない事になり ます。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

8通りに読める部分はこの一年の作業で何となく納得しました。

核心部分は変 らないまでも、人それぞれ不平等に出来てますのでそれぞれが気づくポイント は、それぞれの経験や体験によるためにそうなるのだと思いました。

julaさんの解釈

憑依する霊にとっては、車や馬を操るも同然。

鉛筆、筆、楽器を使っているのも同然。

ひふみが下りた当時では、物や事象についての記述も、概念についても、 かいも く見当がつかない事が結構あったかと思われます。

金太郎の解釈

動物霊でも人霊でも感応した人間の情報や言語をすばやく認識し、使うことが 出来るようですね

しかし、今の世界や日本のトップにいる方たちはひふみ神示を読んでも全く理 解できないので、

「これは、名もしらないような下級霊が降りてきて書かせたものだ」

とか言ってるのでしょうが、霊界や三千世界の事を知らないと言っているよう なものですから、神からみれば気の毒としか言いようがありません(^^;)

まして、神示は読む方の経験や思想により八通りにも読めますから、いよいよ 何が正しいか判らなくなります

現在、解読は3巡目に入っていますが、解読班でもそれぞれ同じ文章を読んで 解釈しても必ずしも同じ解釈を皆さんされる訳ではありません

我田引水的な解釈を避けようとはしていますが、それぞれの人生の経験等によ り解釈の仕方も変わってきます

その中で、最終的な答えは出てくるのでしょうが、それは後日でないと判らな い事です

読まれる方は、皆さんの解釈を読まれた上で自分なりの解読をして頂ければと 思います


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい


竜音の巻 第13帖(921)

時に、例外として人間の魂と動物の魂と入れ替ってゐることもあるぞ、

この場合は 肉体に入り込んだと考へてよいぞ。

こう言ふ場合、例へばそれが狐ならば狐の様相を露呈するから、誰にでもすぐ判るなれど、

悪行を積んだ霊ともなれば巧みに、その時 代々々の流れに合せて化けているから、中々見破ること六ヶ敷いぞ、

心得なされよ。

或る種の霊は、自分自身は高度な神界に住んでゐると誤信してゐるものもあるが、

こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多い、

人間が知らぬ世界のこ とを、自信を以って強く告げられると、

多くのサニワは参って了ふぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

時に、例外として、人間の魂と動物の魂とが入れ替っていることもあります。

この場合は肉体に入り込んだと考えてよいのです。

こう言う場合、例へば、それが狐ならば狐の様相を露呈するから、誰にでもす ぐ判ります。

ですが、悪行を積んだ霊ともなれば巧みに、その時代々々の流れに合せて化け ているから、中々に見破ることは難しいです。

人民は心得ていなさい。

或る種の霊は自分自身は高度な神界に住んでいると誤信しているものもありま す。

こうした霊が感応した場合は自信を以って断言する場合が多いです。

人間が知らぬ世界のことを、自信を以って強く告げられると、多くのサニワは 参ってしまいます。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

悪行の積んだ霊の巧みさは、人間くらい簡単に騙したり出来るのかもしれま せんね。

霊でも自分の住んでる世界のことを誤信していることもあるようで す。

人類が地球劇場に住んでることを理解できていないような状態なのかも。

julaさんの解釈

上村さんに憑いていると思われる霊などはまさにこれかも?

金太郎の解釈

人間は神の宮ですから動物霊は入ることが出来ないのですが、時に例外として 本来の持ち主ととりついた霊と入れ替わっている事があります

取り憑かれたら、霊の本質が前面にでてきますから、周囲がおかしいと感じるよ うになります。

悪を積んだベテランの霊になれば、そういうすぐにバレるような事はせず、時 代の波にのって化けているそうですから、中々正体を見破れませんので、心得て 下さい。

ある種の霊は自分が高度な世界に住んでいるものと勘違いしてますが、そうい う霊こそやっかいで、自信満々で断言する場合が多いそうですから、自分が知ら ない霊界という世界の事を確信をもって告げられるとサニワする方は、たとえ 偽者でも本物と見分けがつかなくなります。


金太郎さんのメール

金太郎です


五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十四帖(73)

昭和三十六年八月三日、

旧六月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十四巻)(922)

幽界霊も時により正しく善なることを申すなれど、

それは只申すだけであるぞ。

悪人が口先だけで善を語るようなものであるぞ、

よいことを語ったとて直ちに善神と思ってはならん。

よい言葉ならば、

たとへ悪神が語ってもよいではないかと申すものもあるなれど、

それは理屈ぢゃ、

甘ければ砂糖でなくサッカリンでもよいではないかと申すことぞ。

真の善言真語は、

心、言、行、一致であるから直ちに力する、

言葉の上のみ同一であっても、

心、言、行、が一致しておらぬと力せぬ。

偽りの言葉は、落ちついてきけばすぐ判るぞ、

同じ「ハイ」と言ふ返事でも、

不満をもつ時と喜びの時では違ふであろうがな。

われは天照太神なり、

などと名乗る霊にロクなものないぞ、

大言壮語する人民はマユツバもの。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

幽界霊も時には正しく善なることを云います。

ですが、それは只云うだけです。

悪人が口先だけで善を語るようなものです。

よいことを語ったとて、直ちに善神と思ってはなりません。

良い言葉が並べば、例え悪神が語っても良いではないかと云う方たちもいま す。

ですが、それは理屈です。

甘ければ、砂糖でなくサッカリンでも良いではないかと云うことと同じです。

真の善言真語は「心、言、行」の一致ですから、直ちに力となります。

言葉の上のみ同一であっても、「心、言、行」が一致していないと力となりま せん。

偽りの言葉は落ちついてきけば直ぐに判ります。

同じ「ハイ」と言う返事でも、不満をもつ時と喜びの時では違うでしょう。

我は天照太神なり、などと名乗る霊にロクなものはいません。

大言壮語する人民はマユツバものです。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

きちんと発言をよく観ていることで判ることもあるようです。

金太郎の解釈

口先だけの善人は所詮本物ではないってことでしょうか

霊界は、「心・言葉・行い」が一致してこその世界です

行動や言葉が心と違えば、他から見れば「なんか変〜」とか「無理してない?」 なんて感じでしょうか

心を伴った言葉でないとホントの気持ちは伝わりません

同じ言葉でも、気持ちによって感じ方が違いますよね?

自分を偉く見せようとするのは最初から怪しいと見たほうがよさそうです

それから、サッカリンって何かわからなかったので、調べました


サッカリン

サッカリン (saccharin) は人工甘味料の1つ。

化学式は C7H5NO3S、分子量 18 3.19、CAS登録番号 81-07-2。

トルエンなどから合成される。

水溶液はショ糖の500〜700倍という驚異的な甘 味をもち、しびれるような刺激の後味を持つ。

ただし高濃度では苦味を感じる ため、糖類系の甘味料に混合されて使用されることも多い。

サッカリン自体は ほとんど水に溶けないためチューインガムにのみ使われ、通常は水溶性のナト リウム塩(サッカリンナトリウム)としていろいろな加工食品に用いられる。


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第15帖(923)

サニワは、場合によって霊媒を誘導してもよいぞ、

又霊に向って常に愛を持って接しなければならんぞ。

誰でも絶へず霊界とのつながりがあり、霊界からの呼びかけがあるから、

サニワはそれを助け、導くように努力しなければならんぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

サニワは 場合によって、霊媒を誘導してもよいのです。

又、霊に向って、常に愛を持って接しなければなりません。

誰でも絶えず霊界との繋がりがあり、霊界からの呼びかけがあるから、サニワ はそれを助け、導くように努力しなければなりません。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

サニワする際に、霊媒をときには誘導してもよいようです。

霊媒ですから憑 依された媒体のことだと思いますが、真愛は彼等に接する時も必要な物である ようです。

金太郎の解釈

サニワには霊媒を誘導してもいい場合もあります

霊に対していつも愛をもって接する事も大切なのですね

テレビで霊能者の方が除霊をしているのを見たことがありますが、中々大変な 事だと思います

憑依しているほうは何らかの理由があって憑依しているのですから、時には厳 しい事も言わないといけないと思うんですね

厳しい言葉の中にも愛がこもっていないと霊には届きませんよとも言われてい るようです


金太郎さんのメール

金太郎です


竜音の巻 第16帖(924)

はじめに出て来る霊は殆ど下級霊であるぞ、

玄関に先づ出て来るのは玄関番であるぞ。

祖霊の出る場合は、何か頼みたい場合が多いぞ、

浄化した高級霊ともなれば、人民に判るような感応は殆どないぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

始めに出て来る霊は殆ど下級霊です。

玄関に先づ出て来るのは玄関番です。

祖霊の出る場合は何か頼みたい場合が多いです。

浄化した高級霊ともなれば人民に判るような感応は殆どありません。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

祖霊の出る場合に関する対応のヒントは17帖に記載されてますね。

それに見 立てた騙しが多いからなのかも知れませんね。

本人が現在行っている作業は、 祖霊からの視点で見たら、そのしてもらいたい方向で動いている可能性もある かもしれません。

病気や障害などもそうした祖霊からの白紙の手紙なのかも。

そなた自身が先祖とも記載されてますので、人間の魂の中に肉体のある人間を ある面では拘束するような事象も存在するような気はします。


それい 1 【祖霊】

先祖の霊。

日本では、33年忌ないしは50年忌の弔(とむら)い上げのすんだ死者 の霊は、個性を失って祖霊一般の仲間入りをすると考えられている。

金太郎の解釈

やくざやビジネスの世界みたいなものでしょうか

最初に平社員が出て、その次に係長とか課長、大きな取引ともなると部長・取 締役レベルが商談に出てきます

霊も一緒で最初に出てくるのは下級霊です

大物の高級霊は中々お出ましにはならず、出てきても直接的な感応はありませ ん

遠くで指示を出してるってとこでしょうか

ご先祖様が出てこられる場合は、何か忠告や頼みごとがあって出てこられる場 合が多いですよ

よく、枕元にご先祖様が出てこられると言う霊感の強い方がおられますけど、 他の方では言いたい事が伝わらないから理解してもらえる方に出てこられるの だと思います

内容をサニワして、対応するのがご先祖様にも自分たちにも良いことなのかも しれませんね


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈もあわせてお読み下さい


十黙示録 第四巻 

竜音の巻 第十七帖(76)

昭和三十六年八月三日、

旧六月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十四巻)(925)

霊の要求ぢゃと申して、そのまま受け入れてはならんぞ、

よく判断した上で処理せねばならん。

下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを 申すものぞ。

殊にその霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、 よく心得なされよ。

悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、

やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、

悪をきらふ心があってはならん、

悪抱き参らせと申してあろうがな。

邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、

それに倍してブリ返すぞ、

この呼吸大切。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊の要求だからと云って、そのまま受け入れてはいけません。

よく判断した上で処理しなさい。

下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを云いま す。

殊にその霊が病気に関連を持っている場合は微妙であるから、よく心得なさ い。

悪い企て、悪い行為であるからとて、直ちにキメつけてはなりません。

やんわりと持ちかけて善い方向に導くのです。

悪を嫌う心があってはなりません。

悪を抱き抱えなさい言いつけているでしょう。

邪道的要求を容れて、一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返します。

この呼吸は大切です。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

●下級霊、動物霊の場合は酔いどれのように箸にも棒にもかからないことを云 う物です。

この辺りは、例えば何かの事象に対してのコメントにも云えそうですね。

本人 は意識しているも何も、憑依されていたら自覚はないでしょうから本人のみで 見分けることは難しそうですが、周りから客観的に見ているとわかることもあ るかと思います。

過去にも、チャネリングによって啓示を受けたからと箸にも 棒にもかからない話をしてくる方もいましたね。

恨みやつらみ、嫉妬などの感 情を消化できないままに、何かを企てたりすることは時に、そういった存在と のコンタクト、もしくは憑依をしやすくする物でもあるかと思います。

嫉妬などの感情は経験から思いますが、冷静に周りの状況環境を見ることで解 けるものですが、本人の焦りや不安感などが憑依体を呼び寄せてさらに盲目に させるなんてこともあり得るのかもしれません。

私的な経験からですが、憑依 されていると自分の欲求の如く、物事を突き詰めてみたり、妄想を暴走させた り、嫉妬に燃えてしまったりすることもあるようです。

そのときには、我の塊 と化してますから、相手や周りの方々への迷惑なども考えないし、自分の行 う行為自体が、次の災厄ともいうべき病気を呼び起こしていることすらも気づ けないようです。

ひどくなるとその末に自滅するようです。

この辺りは、上記にも邪道的要求を受け入れると、倍にぶり返すとありますの で、この辺りは自分の経験したこととも、一致を見るようです。

無理をせずに 自分の心と対話をしながら良い方に導くことも、結果として憑依したものが離 れていくためには必要なことではないかと思います。

これらを解決しておかな いと何が問題かって、この状態で避難するとすでに 取り憑かれているから絶対 避け様のない破滅への方向に向かうようになっているんですよね。

避難場所を 決めてもダムの側だったりして。

これは2003年の時に経験済みで、その時模擬的にも経験しているから、ある面 ではそれを学習できている面があります。

これらの情報は助かるべき方がたが その情報を知っておくことで、各自の出来る範囲での準備にもつながることだ と思います。

この辺りは、支配層の方々がダブルスタンダード的な二枚舌でう まくやろうとしても最終的には失敗する部分でもあるかと思います。

後半になればなるほど、そういった学習や練習がないままミスをするとそのま ま、周りの方々も巻き込んでジ・エンドになる可能性も高いので、今の時点で 思い付く点がある方は、その面での研鑚する必要があるかと思います。

子供が いる方などは、せめてその子達を救うためにも親は頑張る使命はあるのではな いでしょうか。

長くなってしまいましたが、この問題は、妄想によって本来あ りえない幽界を作り出すことにも繋がるような部分もあるかと思いましたの で、私的な経験もですが混ぜて記載させてもらいました。

自分もある意味実験 用のモルモットみたいなものです。

参考になれば幸いです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

ミロクの仕組みに反する思想、立場の人間は、 やんわりと持ちかけて善い方向 に導くのです。

悪を嫌う心があってはなりません。

悪を抱き抱えるのです。

敵意を持って正面からぶつかると余計に反発します。

ノアの大洪水、ミロクの仕組みを伝えるにも工夫が必要です。

julaさんの解釈

「この神に帰依して言うとおりにすれば、あなたに起きている様々な障害を祓 い清める事ができ、様々な病気、怪我もなくなります」

こんな事が良くいわれますが、

金太郎の解釈

16帖でも言いましたが、内容をサニワすることが霊の要求を受け入れる際に重 要になります

下級霊・動物霊は訳のわからない人みたいに無茶苦茶な事を言ってきます

ことにその霊が自分自身の病気に関係している場合は尚更の事、悪い企て・行 為だと直ちに決めずに、穏やかに解決するように、抱き参らせるように導いて 下さい

悪を嫌うのは神の世界には反することですね

よくよく言って聞かせるようにして霊を離していかないと、邪道な要求を受け 入れたほうが簡単だと安易に受け入れれば一時的にはよくなるかも知れません が、霊が調子に乗って倍にもなって身体を支配しようとしますよ

霊障による病気の治し方は以上のようなタイミングの取り方が大切です


julaさんのメール

jula です。

離す、放す、放逐するというよりは、・・・ “悪抱き参らせる”ですから


あなたが居て、示してくれたからこそ気づく事が出来た。

それを示してくれなから気づく事、理解する事は無かったかもしれない、

“ありがとう”。

こんな感じで、自分の実としつつも、互いに昇華に持っていけると良さそうですね。

現実の生活でも、嫌な人、今一馬が合わない人もいたりします。

嫌だな、と思うのは、まだ自分が笑って受け入れたり、受け流す事が できないからこそ。

先ずは、心の中だけでも

“気づかせてくれた、鏡となってくれた”

程度に 思うだけでも、小さな

“悪抱き参らせ”“昇華”

の一歩かもしれません。


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさん、お疲れ様です


よくよく言って聞かせるようにして霊を離していかないと、

邪道な要求を受け入れたほうが簡単だと安易に受け入れれば一時的にはよくなるかも知れません

ここですが、霊を霊媒から離すには説得しなきゃいけません

強制的に排除しようとすると霊が反発します

反発するとなかなか霊媒から出ようとしませんから霊媒からしてみればしんどいものだと思います

説得しても最初のうちはなかなか聞き入れて貰えないかもしれませんが、霊の内奥まで愛で包み込むようにすれば、いずれは分かって貰え、霊媒から離れていくと思います

「霊媒から離れるということは、悪さをするのを止めると言うことだろう」

と思ってますのでこういう表現になりました


julaさんのメール

jula です。

金太郎さんご苦労さまです。

私の場合は、この帖で言いたい事は“霊媒”よりも更に普遍的にある

病気、病的な傾向 、変調・偏重

と感じましたので、そっちの方向で書いてみました。

が、しかし!!!

??!!

スイマセン。

自分勝手にまた解釈が進展してしまいました・・・。

病気など普遍的なトラブルは、業や借銭の部分が根本にあるんじゃないか?

だからこそ、その辺の因縁みたいなものと結びついている霊がフラフラやってくるんじ ゃないか?

今、書き直してみて解釈広がってしまいました。

ところで私の場合、誰かの書かれたものを読んで、それに触発されて、わ〜〜と書けて しまう形なんです・・・。

モヤモヤしたものが、誰かの書かれたものと対照する事で、浮かび上がってくるという 感じでしょうか。

なので、素のネタがあるだけだと、中々纏まりません。

誰かから視点の提示があってこ そ、掘り下げられるような形なんですよね・・・。

ここ掘れワンワン状態?!

そんな訳ですので、みなさんの提示がないと、なかなか膨らませたり掘り下げにつなが り難いんです。

反射的な書き方ばかりなのは、その辺由来なんです・・・。

ごめんなさ〜い。

どうか、許してやってくださいまし〜。

ところで、業や借銭から来る病気やその延長の事象 それをクローズアップさせるために、帖の記述の順番を入れ替えてみました。
(順番を入れ替えたという事は、元からの意図から外れてしまっている証拠かもしれま せんが)


霊の要求ぢゃと申して、そのまま受け入れてはならんぞ、

く判断した上で処理せねばならん。

下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを申すものぞ。

殊にその霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、よく心得なされよ。

悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、

やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、

悪をきらふ心があってはならん、

悪抱き参らせと申してあろうがな。

邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返すぞ、この呼吸大切 。


(殊にその)霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、よく心得なされよ 。

下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを申すものぞ。

霊の要求ぢゃと申して、そのまま受け入れてはならんぞ、

よく判断した上で処理せねばならん。

邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、それに倍してブリ返すぞ、

悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、

やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、

悪をきらふ心があってはならん、

悪抱き参らせと申してあろうがな。

この呼吸大切。


病気や発作のような形で取り憑いてきた場合は、ただ単純に取り憑かれたという訳では 無いのですよ。

その病気や変調を契機として、同調できるような何かがあるからこそ、やってきていま す。

そして、同調できるこそ、理解してもらえるのでは無いか?、

癒しや救いが得られるの では無いか?

そんな具合に(取り憑かれる方の事なんかお構いなしに)頼りにしてきていたりします 。

そういう同調しうるような何かが無ければ、そもそも相手をしてもらえないと察知して やってきません。

であればこそ、何故やってきたのか?何を欲して居るのか?どうなる事が互いに良い事 となるのか?

そう言った事をよく考えてみてください。

下級霊や動物霊由来の場合は、

酔っ払いのようにああ苦しい、

気持ち悪い どうにかしてくれ、

水をくれ、

背中をさすれ、

更にはある事無いこと暴言吐いたり暴れ だしたり 箸にも棒にもかからないことをしでかします。

このような際は、そのままを聞き入れ要求を呑むのではなく、

いかに落ち着かせるか、

鎮めるかを優先すべきです。

そんなものが一方的に要求する事を、

そのままに受け入れていては、

相互に昇華に至る 事がありません。

取り憑いた霊を一時的に満足させはしますが、

昇華に至ることなくよりエスカレートし てしまいます。

やがて、その媒体となった人を弱らせてしまうばかりとなってしまいます。

霊の側からのみの一方的な要求を受容した場合、小康状態にはなります。

しかしやってくる事の業に向き合い、見つめ、根本的なところに光を見出してこそ互い の借銭解消、業の解消、掃除洗濯となりえます。

見方を変える事ができるなら、

取り憑いて来て病気などとなるのは、

業や借銭を気づか せ、

その解消、借銭済ましに協力してくれている事にほかなりません。

人間だけが解消するのでなく、

幽界や霊界の霊とも、

ともに呼吸を正していってくださ い。

結果的に柔軟でしなやかな入れ物となれますよ。


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさん、新しい解釈でいいと思いますよ

霊も苦しくて波長のあったかたに取り憑くのでしょうから、霊の方を治していけば霊媒の方の不調も治るでしょうね(^-^)


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい


竜音の巻 第18帖 (077)

霊に (ひつぐ)神示をよんで聞かせて見よ、その偉大さがハッキリ判る ぞ。

どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはいけない、

馬鹿にすると 反射的にサニワを馬鹿にして始末におへんことになるぞ。

霊覚者や行者の中に は奇跡的なことや非常識な行動をする者がよくあるぞ、

一般の人民はそれにだ まかされることがよくあるぞ、

何れも下級霊のしわざであるぞ、

正神には奇跡 はない、

奇跡ないことが大きな奇跡であるぞ、

奇跡するものは亡びる。

高級霊 は態度が立派であるぞ、わかりたか。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊に (ひつぐ)神示を読み聞かせて見なさい。

その偉大さがハッキリ判ります。

どんな下級霊であっても、その霊を馬鹿にしてはいけません。

馬鹿にすると反射的にサニワを馬鹿にして始末におへんことになります。

霊覚者や行者の中には奇跡的なことや非常識な行動をする者がよくあります。

一般の人民はそれに騙されることがよくあります。

何れも下級霊の仕業です。

正神には奇跡はありません。

奇跡の無いことが、大きな奇跡です。

奇跡をするものは亡びます。

高級霊は態度が立派です。

判りましたね。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

霊に(ひつぐ)神示をよんで聞かせることは、とても良いと記載されています。

その内容を咀嚼して理解することは霊にもその人間にもお互いに良いことかも知れませんね。

他の内容はわかりやすいほうだと思います。

julaさんの解釈

その場その場で軽軽しく騒ぎ立てる、何かを示してみせる、奇跡などおこして みせるのは所詮ピエロ、

正神はそもそも意図をもって種を蒔き、厳正にその推移を見つめている、

故にその場その場の奇蹟など要らないし、蒔いた種が芽吹いた故に様々な事が 起きている、

それ自体が奇跡

金太郎の解釈

霊にもひつぐ神示を読んで聞かせることは、その霊にも為になることなのです ね

それほど偉大な神示です

どんなに下級の霊でも、その霊を馬鹿にしてはいけません

馬鹿にすると反射的にサニワを馬鹿にして始末ができないようになります

人でも一緒ですね?

どんなに貧しい格好とか人様に言えない様な生活をしていても人格は素晴らし い方もおられるでしょうし、人生何が起きてその人のようになるとも限りませ んから、馬鹿にしてはいけませんよ

奇跡を起こしたり非常識な行動をする霊覚者や行者がよくいますけど、これは 何れも下級霊のしわざです

正神には奇跡がないことが大きな奇跡であるのです

奇跡を起こすものは正神の流れから外れていますので、いずれ滅びるでしょう

高級な霊は奇跡で人民を惹きつけるような事はしません

立派な態度をしています


julaさんのメール

jula です。

何か、こんな風にも読めてしまいました。

弱い犬ほど良くほえる。

批判すれば批判が返ってくる。

経験を積んだ人は我慢強く、多少の事では悪口、悪態をつかず、 ポーカーフェースを装って居られる。

人によっては、あえて笑顔やギャグにして笑いの場に変えてしまう。

そうして、辛抱強く、良い結果に結びつけられるように舵取りをしていく。

そういう存在こそ、神は人とともに歩みたいでしょう。

そんな事を思いつつ、ふとこの帖の冒頭を思い返してみると・・・、

ひふみを読んで不快になるような事って、全然ありませんね。

仮に妙な霊が憑いてしまっていたとしても、ひふみを読んで、 自分だけでなく霊にも聞かせ伝える事ができたなら、ともに昇華しうるなんて事も 言っているのかもしれませんね。


金太郎さんのメール

julaさん、集中した突っ込みありがとです

あまりいじめないで下さいね


金太郎さんのメール

金太郎です

julaさんの解釈も合わせてお読み下さい

これで竜音の巻も終わりです


竜音の巻 第19帖 (078)

霊の発動をとめて、

静かにする法は「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給 へ」と三回くり返すこと。

又「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返 すこと、

又は「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと。

世界 そのものの霊かかり、日本の霊かかり、早うしづめんと手におえん事となる が、

見て御座れよ、

見事な事を致してお目にかけるぞ。


平易意訳

太陽さんの解釈 :(一巡目)

霊の発動を止めて、静かにする法は「国常立の大神守り給え幸(さき)はえ給 え」と三回繰り返すことです。

又、「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回繰り返すことです。

又は「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回繰り返すことです。

世界そのものの霊懸かり、日本の霊懸かり、早く鎮めないと手におえない事と になります。

見ていなさい。

神は見事な事を致してお目にかけます。


解説と補足説明

ロックさんの解釈 :(二巡目)

神サタンの作り出した地球劇場での洗脳を解くためには、この宇宙の成り行 きもしくは地球劇場の内容を悟ることから始まります。

そして真の太陽神であ る素盞鳴大神のことをよく理解し、地に現われる太日月地大神のことを理解す ることで世界そのものの霊かかり、日本の霊かかりから解放されるということ と取ってみました。

トッチさんの解釈 :(二巡目) 神サタンの思惑から脱するにはとにかくミロクの仕組みに即した行い、言葉、 思いを肚に入るまで繰り返す事です。

習慣化し日常化することです。

世界中、日本中がそうしないと手遅れになります。

ノアの大洪水で滅亡する事になるのです。

しかし、そうはさせません。

ミロクは見事な事を致してお目にかけます。

安心してミロクの言う事を聞いて下さい。

julaさんの解釈

神懸かった人、神人があるべき姿だのに狐や狸の類
(サタン配下の手の者の延 長?)
に懸かった者ばかり。

国常立大神

素盞鳴大神

太日月地大神

この三大神が現世の正統な始祖なのですからその事を認知理解しなさい、とい う事かもしれませんね。

金太郎の解釈

霊の発動をとめて鎮ませる方法は、「国常立大神」「素盞鳴大神」「太日月地 大神」に「守り給へ幸はへ給へ」と三回お願いすることです

世界そのものの霊かかりも日本の霊かかりも早いうちに鎮めないと手に負えな くなりますが、神のすることを見ていて下さいよ

見事な事をして皆にお目にかけますよ

今起こっている霊が関わっているような不可思議な事件を

「国常立大神」「素 盞鳴大神」「太日月地大神」

にお願いして鎮めて下さい

霊が調子にのってそこいら中に悪さをする前に、神はちゃんと見事に解決して 見せますから見ていて下さいと言われているようです