天空編NO2028
(天使のつぶやき)
ヤマトマンさんのメールです。(6月10日)
ヤマトマンさんのメール
千成様、太陽様、皆様今晩は。
今日はこの事書こうと思ったら、あらまNO2019で凛様がもう書き込んでいた。
もう書こうと思ったこと、ほとんどお同じ!
おもしろい偶然です。
私も日曜日は家族で植物園に行ってきました。
そこは今の季節、外に
「花しょうぶ」
がいっばい咲き乱れてました。
その丘の上には紫陽花が、これでもかと咲き乱れていまして、もう一面花畑で、そのなかに小船が二艘ありまして。
その船の上で記念撮影とか、皆さん楽しんでましてね。
そこへ私が行って、妻に
「これが三途の川を渡り終えた船で、この景色がその時に観るだろう景色だな」
どと言ったら、まに受けてましてね。(笑)
どうなんだかよくわかりませんが、そのくらい綺麗で、心洗われてきました。
そして、その紫陽花の咲き乱れるところに、崖がありまして、その下に山から湧き出る水の大きな水だまりがありましてね。
あれだけ人がいましたのに、そこには誰も近寄らないので、行ってみたら、そこにコップがひとつ置いてありました。
「飲んでみよう」
と私が言ったのですが、なにやら不純物らしきものがチラホラありまして、妻には
「薬など(その一帯)いっぱい使っているから、やめろ」
と言われましたが、すこし飲んでみましたが、変な味がしなかったので、ガブガブ飲んでましたら、他の人がそれを見て、飲もうと近づいてきました。
私が飲み終えて、
「あたると思うその心が、本当に水あたりを起こす」
と言ったら、その人
「飲むのヤッパやめた!」
と言い、立ち去ってしまいました。
結局は私あたりませんでしたから。
その方に悪い事してしまいました。
(でも危険かもしれないでそれでよかったのかも(笑))
そこで考えていましたが、花というものは、不思議ですね。
なぜにも、あのように心に無条件で感動を与えるのだろう。
他の方も生き生きしていて、自然は人に対してやさしく、時に厳しくあるものですね。
いきなり話変わりますが、凛様の考察とかぶりますが、心の安定を維持するのに、私は
「人とは、基本的にファジィ(あいまいさ)なもの」
であると、考えるように努めています。
(完璧なひとなどいないので)
最近はあまり聞きませんが、ファジーという言葉は、数年前、家電製品なんかの売り言葉でよく聞きましたね。
これを心に少しでもとどめておくと大変よく、その人や自分に対する、いちいちに起こり得る小さな問題に効率よく対処できるものです。
すこし説明不足ですが車のブレーキなんかも似ていまして、それには必ず「あそび」というものがあると思うのですが、
「ブレーキは良く効くものでもよくないし、効かないものでも都合悪い」
と言うようなもので、またその効き具合も、人それぞれで、またそれが人に大切なものでもあります。
その考えをもっと他の事にも適用してみたりできそうです。
なにかあいまいな説明をしていますが、
「人にも、そのブレーキと同じように“遊び”が必要で」
その“遊び”が無くなるような心だと、サタンがつけこんでくるのではとかんがえています。
今日は時間がなくなりましたのでこのへんで。
それでは皆様、良い夢を!
千成の返事
ヤマトマンさん、ファジーの大切さを書いてくださいました。
どんな大事なものでも、
「これ以外はダメ」
ときめつけずに、ブレーキのように
「“遊び”を付属させておくと、ギクシャクしないでスムーズにことが運ぶ」
と言われています。
自然体と同じような考え方ですね。
心にも余裕が必要なのですね。
哲学的な難しいことを、ふんわりと説明してくださいましてありがとうございます。
出だしを植物園の花畑から入って、美しいイメージを彷彿とさせてから、その後に難しいことを易しく説明してくださいました。
やっぱり花を観た後の余裕(遊び)がこんな良いことを書くようにヤマトマンさんにささやいてくださったのでしょう。
最近みなさん、いろいろ気分転換を図られています。
それだけ状況が緊迫してきたのでしょうが、みなさん気分転換がおじょうずなようです。
しかし、
「だんごを喰わせろ」
という幽霊の要求でさえきっぱりと拒否された剛毅一徹のヤマトマンさんが、
「花を愛でる優しい方」
だとは!
ああ、ファジーすぎて理解できない!
地震も起こるはずです。